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性の悩みの相談

珊瑚 13歳 Smart Phone 2018年04月23日(月) 00:04
投稿ID:943
自分の性がわからなくて辛いです
中学2年生の男子です。
小学5年生ぐらいから自分の性についてわからなくなり、最近酷くなって学校もいけない日があります。
小さい頃から可愛いものが好きで、よく人形で遊んだり幼稚園では女の子に混じってドレスを着たりしてました。
ですが、親によく仮面ライダーを見せられたりして、カッコいい物も好きになって、それからは別に自分の性や着る服などは男物で特に違和感もありませんでした。
ですが、小学5年生になって、ネットで女装というジャンルを見つけてから、自分の性に違和感を感じ始めました。髪も伸ばし始め、女装も少しチャレンジしました。楽しかったです。「もっと可愛くなりたい」とか、「もっと可愛い服を着たい」って思いました。
そして中学生になって好きな女性ができました。とてもかわいくて優しい子です。ですが、ある日その子に好きな人がいると知ったのに、別に何も悲しくなく、寧ろ応援したい気持ちになりました。
僕は男の子の方にも気になっている子がいて、いつもその子のそばにいたり、少し嫌がられますが抱きついたりしてます。
一体どれが好きと言う感情なのかわかりません。僕は可愛くなりたいけれど、カッコいい物も好きだし、ゲームなんかもよくします。

一体僕の性はなんなのでしょうか?ただの少女趣味を持ってるだけでしょうか。GBTなのか、何もわかりません。
辛い、もっとかわいい服を着ておしゃれしたい。ロマンチックな恋をしたい、ただ抱きつきたい、
わかりません・・・・・・
らいか 26歳  /  奈良県 Android 2018年04月24日(火) 05:26 身体的には男性
投稿ID:944
どうも初めまして。

学校も辛くなるほどとは、大変ですね……。
身体の性別は多くの人がハッキリとわかる一方、心の性別というのは難しいですよね。
性別について悩む時にぶつかるのは常に「どちらなのか?」という選択的な問いです。日本だけでなく世界でも、まだまだ第3以降の性については難しい問題がたくさんあります(身体的な性別2つにあわせて生活環境は作られているためです)

私は、ぼくは、どちらなのか?

私たちがこれに答えるにはどうすればよいのか?
そこでなのですが、私はまず、心の性別という考え方から考え直してみるのが良いのではないかと思っているのです。

心の性別と言ってしまうと、まるで生まれた時からそう定められていたかのようですが、人の心というのは身体とは違って、環境によって複雑に変化するものです。
根が明るい性格であったとしても、毎日のようにいじめられれば、人に話しかけるのが怖くなってしまう。それが人の心です。

「私は女だと思う」「僕は男なのではないか?」といった性別に対する自覚。これは心が行う行為なので、その時の状況、環境、時期によって変化するものです。私たちのように180度変化する人は少ないですが、性別に問題のない人でも「私は男に生まれた方が楽だったかもな……」「やっぱ俺って女々しいな……」みたいな形で現れることがあります。(思うだけで悩みでないなら障害ではないというだけです)

ではなぜ変化するのか? それは、性別に対する自覚というのは、役割認識にすぎないからです。
男性という役割……女性という役割……これは不思議な事なのですが、その役割に対して感じるイメージは、ほとんどの人が共通しています。女性が「男のくせに情けない!」と罵倒し、男性が「たしかに……」と落ち込む構図は共通のイメージがあるからこそ産まれます。

先輩と後輩に置き換えてみるとわかりやすいかも知れません。先輩は後輩の面倒を見るものであり、何事においても率先し、先に卒業していなくなります。この認識を全ての人が持ち、まずは後輩として振られ、次に先輩になっていきます。「先輩のくせに頼りなーい」「自分は先輩なんだし頑張らなきゃ!」という意思関係は性別の役割認識にも似たものがあります。
この先輩後輩の役割認識があまり多くの人において問題にならないのは、選べるからですね。先輩になりたくなければやめればいい。もしくは、病名がないだけでひっそりと悩んでいる人もいるかもしれません。
生まれながらに先輩と後輩という役割が分担されていれば、「自分は後輩として生まれたかった……」なんて人も必ず出るでしょう。

ここまでに何が言いたかったのかというと、残念ながら(残念ながら)「心の性別」というのはないのではないか? ということです。 身体の性別があり……その上に私という心がある。その心が「私は〇〇だから〇〇として振る舞おう」と考えている。ただそれだけなのではないかということです。

心の性別はどちらか? という問に対しては男か女かの2択だけですが、自分がどの役割をとるのか? ということにおいてはあらゆる自由があります。
「女らしい男」「どちらにもみえない人」「犬みたいな女」など……役割として考えればやりたい放題です。
もちろん「男だけど女になりたい」というのも、役割として選ぶひとつの選択肢ですよね。

投稿者さんは聞いたところ、かわいいものが好きで、しかもかっこいいものも好きといった、他の人よりもずっと美的感覚に鋭い嗅覚を持っている方のようです。しかも、性別に問わず人が好きなのでしょうか?
その、より素敵だと思うものを求める感覚は、武器だと思います。
男性という役割にも、女性という役割にも美しい部分と醜い部分の両方があります。その美しい部分だけが好きだというのであれば、もしかしたらそういった美をかきあつめた、投稿者さんにだけ当てはまる役割があるのかもしれませんね。
ぜひ性別などという身体上の特徴に付随する世間イメージにとらわれず、自分が求めるものだけを求めてみてはいかがでしょうか?

長文失礼致しました。
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