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おはなし掲示板

純生 45歳 Android 2018年07月24日(火) 22:40 GAY♂
投稿ID:269
彼のギターの音色は
透明な音がする

早弾きで奏でる音の大群は
生糸で紡ぐ綿の様に
優しく空気を包み込んゆく

ロックの女王と呼ばれる
某有名人のコンサートで
前座バンドを担った事がある
ギタリストの彼

セミプロとして充分収入があった彼だが
時の流れは無惨に過ぎ
親と約束した年齢になり
地元に帰省し大手企業へ就職していた

名残を惜しんむ風貌で
企業に勤める彼は
学校長の父とピアノ講師の母を持ち
4歳の頃からクラッシックピアノを習う
英才教育の中で育った

学生時代に洋楽と出逢い
反発心からハードロックの
エレキギターに嵌った彼は
音響のある大学へ進み
バンド活動を始め収入を得る様になると
大学を辞めてしまったらしい

散々 好きな事をし
親に迷惑を掛けたと
ギターを辞めてしまった彼

けれど彼が弾くギターの音色が
余りにも綺麗で繊細で
どんな立派な理屈があろうと
僕には全く理解出来ず

「イッチのギター 好きだよ」

彼は飽きれた顔をして
ギターを奏でながら言った

「純は昔のタカに似てる」
「タカって誰?」
「松本隆」
「誰?」

著名人すら知らなかった僕は
作詞家松本隆の若い頃に似ているらしい

似ているだろうか
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月24日(火) 23:07 GAY♂
投稿ID:270
オッサンバンドの知人達は
彼を連れて行くと喜んだ

彼からテクニックを学び
誰もが彼を先生と崇めた

ライブを開催するたび
声が掛かるようになり
僕は伝書鳩の様に彼を誘った

だが彼は怪訝な表情で
「アポを取れ」と玄関を閉められたり
約束した当日に「行かない」と
言い出したり

時には昼間から酒を飲み
泥酔状態だったり

正直 僕は うんざりしていた

それでもハウンド・ドッグのドラマー
ブッチャーさんを囲むライブの時には
ステージに上がり

ツインドラムの迫力あるステージで
ギターを弾く彼は楽しそうに見えた

僕は いつも
ライブハウスの隅で酒を飲むだけで
若手ミュージッシャン達に囲まれ
ギターを奏でる彼を眺めていた

人混みの中
彼を見失い探すと
何故か いつも
振り返り僕を見る彼を見つけた

彼は いつどこでも
僕を見ていてくれた気がする
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月24日(火) 23:52 編集済み GAY♂
投稿ID:271
「月々6万8000円」

突然 彼が言い出した言葉
意味が解らず

「は?」と答えた事を覚えている

正確には2台目駐車場代を含め
家賃7万3000円のマンション

防音設備を備えた部屋で
同棲生活が始まった

その頃 知人達が
彼とバンドを組みたがり
彼が出した条件は
「純がやるなら」だった

勘弁してください

バンドのコピーしか経験の無い僕は
譜面すら読めず 棒線に数字が書かれた
コピーバンド用の譜面を弾けるくらいで

オリジナル演奏など無謀な話

音階とコードを覚えていても
即興演奏に対応する技術は無く

ましてや高度難聴で
補聴器を付けている僕には
変調の音を聞き分ける事が出来ず

「純」と彼に怒鳴られては
ギターが押さえるコードに合わせる為
スタジオ練習が苦痛で堪らなかった

家でも音楽に対する要求が増え
彼の要求が 次第次第に対応出来なくなり

BASSを持つと手が痺れ
胸が苦しくなり過呼吸を起こす

いつからか 彼の声を聞くだけで
同じ症状が出始め
過呼吸の僕を抑える彼の腕の中で
意識を失くし堕ちる事が多くなり

彼に連れられ病院へ行った時には
自律神経失調症になっていた

診療室の中でも
彼が居ないと不安になり
挙動不審のまま椅子に座る僕は

大学病院の心療内科の紹介状を
出されていた
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月25日(水) 22:59 編集済み GAY♂
投稿ID:272
第1回カウンセリング
生立ちを話す事から始まった

母ひとり子ひとり
僕は私生児として産まれ
記憶があるのは
他人の家を間借りし
暮らしていた事

中耳炎を悪化し聴覚を失い
母が泣いた事

風俗で働く母の
海外製石鹸の匂い

煙草を吸いパチンコを打つ
母の横顔

補聴器を隠す伸ばしっぱなしの髪で
虐められ あの親にこの子ありと
先生に怒られた乱雑な髪を
撫でる母の手

給食袋に赤いラインが引かれる
母子家庭のマーク

カルテに文字を書き込む
医師の指に嵌められた
結婚指輪を見ながら
話す生立ち

心が無様に折れていた

第2回カウンセリング
恋愛対象

僕は自慰行為を覚える前に
男性と性行為をしている

性的悪戯を目的に
連れ込まれた一部始終を
赤裸々に話し

幸せな結婚指輪を嵌める貴様に
何が解る と不快を示した

もう心の欠片など無く
粉々に砕け散っていた
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月25日(水) 23:58 GAY♂
投稿ID:273
大学病院の薬剤受取口前

精神安定剤を含め
11錠の処方薬

説明書を読む彼の横に座り
彼の事を考えていた

子供時代から背が高く
山の大将だった彼の昔話

バンド時代の豪遊した話や
電車の中で騒いだ話

海外に本社がある彼の職場
PCに送られて来る英文メール

香港に出張した彼が
1週間解決しなかった問題を
たった1日で修復させ
残った出張日程で観光してきた話

僕とは育ちが違う彼

彼を慕い寄って来る人達

何もかもが違う
彼と僕の人生

付き添い人として
医師の説明を聞いた彼は
処方薬の説明書を読み終え

「辛かったろ」と

職場の問題を抱え帰宅した時
愚痴を零す僕に対し
上手に立ち回れ無いお前が悪いと
突き放された記憶が蘇り

人目も気にせず
僕は泣き崩れていた

血液検査の結果
女性ホルモン値の性同一性

性転換手術を希望せず
精神科の紹介状を断った
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月26日(木) 01:07 GAY♂
投稿ID:274
性同一性の診断は
僕の望む診断では無かった

男として産まれ育ち
男の職場で働いている
今も これから先も

真似する訳でも無く
母と仕草が似てしまう事や
女性の喘ぎ声が極端に苦手な事など
違和感には気づいていた

だからとは言え
彼と僕の生活が変わる事は無く

彼と行くスナックに居る
帰国子女のホステスが
これ見よがしに彼と英語で話し

僕はそのホステスと擦れ違いざま
耳元へ「ブス」と囁き
心の中でガッツポーズを決め
オカマも悪くないと思ったくらいだ

駐車場に居た痩せた仔猫を飼い始め
ふたりと猫1匹の生活が始まり
四年が過ぎた頃

体調不良を訴える彼は
何件か病院を廻ったが
原因不明と言われていた

だが明らかに体重が減り
痩せてゆく

彼の職場の方が
彼の痩せ方を心配し
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月26日(木) 21:34 編集済み GAY♂
投稿ID:275
彼の職場の方が
彼の痩せ方を
心配し

再度 病院へ行った時には

末期の膵臓癌に

肝臓に転移し
余命宣告を

真夜中 彼に起こされ
聞かされた時
僕は

「そう」と
素っ気なく
答えていた

会社に癌の報告をした彼は
無理せず休めと言われ
会社など行かないと豪語し
数日休んでいたが

仕事が気になるらしく
俺しか出来ない作業があるとか
今頃 困っても遅いとか
会社の方々を愚弄し始め

「行けば」と言うと
「行くよ」と怒り出した

会社へ行くと気が晴れるのか
帰宅する彼は元気で明るく

セカンドオピニオンを薦められたとか
延命治療を受けるべきだと言われたとか
嬉しそうに語り始め

「そう」と答える僕に
「死んだ方がいいのか!」と
怒り出した

そうは言っていないが
担当医が抗がん剤治療の副作用で
寝たきりになるより
やり残したことをやった方がいいと

「副作用で苦しみ死ぬくらいなら
やりたい事やった方が
いいと思ってる」

彼は真顔で僕の顔を眺め

「そう言ってくれるのは
純くらいだ
俺も そうしたい」

最初から わかっているよ
余命四ヶ月と聞いた時から
延命治療を受けない事くらい

わかっているよ
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月26日(木) 22:20 GAY♂
投稿ID:276
スマホのボイスレコーダーへ
医師の説明を録音してくる彼

僕は何度も繰り返し聞いた

痛みが出ないはずは無いと
不思議がる医師の声

いつからでも
入院可能な事

痛み止めの薬を処方している為
水分を多く摂る事など

彼は作曲した音源を残すと
ギターの音を録音する事に没頭し

僕は入院準備の荷造りと
多量に経口補水液を買い込み
握力が低下する彼の為に
キャプを開け冷蔵庫に並べた

癌を口外した事で
週末になると
彼の知人達が部屋に訪れては
彼を囲み賑やかに笑い帰ってゆく

僕は そのたび
家を出て時間を潰した

バンド関係の方々が訪問すると
音楽の話で盛り上がり
彼の隣で話を聞いているが
内容についていけず

「僕は音楽詳しく無いから
皆が来てくれて良かったね」と
嬉しそうな彼に伝えた時

皆の前で彼は
「純にしか話せない事がある
それで いい」と

その時 初めて
彼に必要とされていた事を
知った
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月26日(木) 23:04 編集済み GAY♂
投稿ID:277
一度 軽い目眩を自覚し
不安を覚えた彼は
自ら救急車を呼び
入院をした

入院用意を持って来いと
連絡を貰い
駆け付けた病院

既に両親が他界した彼は
親戚と連絡を取り
親戚の老夫婦が訪れていた

正直 僕は
彼が入院してくれた事に
ホッとしていたが

破天荒な生き方の彼を知る親戚は
笑顔で僕を呼び出し

彼の親の事や
彼の愚痴を話し出し
入院費用を気にしていた

がん保険に加入していた事や
保険が下りる事を伝えたが
良い顔をせず

彼と同居している事を伝えると
一変し笑顔を浮かべ
よろしく頼むと告げられた

二三日 見舞い客で病室が溢れ
病状も回復し我儘が始まる

PCを持って来い
ギターを持って来い
銀行に行って来い
書類を出して来いと

散々 用事を言い付けた翌日
親戚に自宅療養しろと言われ
家に戻っていた
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月26日(木) 23:48 GAY♂
投稿ID:278
三度の食事を用意し
会社へ出掛け

帰宅すると
体温調節が上手く行かない彼を
風呂に入れ
浮腫む脚を擦る

30度に設定する部屋の中でも
寒さを訴え
彼が眠るまで躰を擦り続けた

会社に行っている間に
訪問する知人達の助言を聞き
捨てられた料理

がん患者特有の脚の浮腫みも
知人に水分の摂りすぎだと助言され
購入した経口補水液を全部
流し捨てていた

医師に水分を摂れと言われただろと
何度 経口補水液を補充しても
流し捨ててしまう

医師の説明より
医療関係の知人の言葉を信じ

俺は純より知人を信じると
出て行けと怒鳴られては
彼が落ち着くまで
玄関の外で待機をした

しばらく経ち
訪問する人もいなくなり
ギターが重いと弾かなくなった彼

録画したドラマ相棒を見る彼は
「相棒を見るのに忙しいんだ」と笑い
僕に合わせ邦画の話をしてきた

山田孝之の映画が面白いと話し
DVDを一緒に観ようと言われ
僕は彼が寝た後
DVDを借りに出掛けた
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月28日(土) 04:12 編集済み GAY♂
投稿ID:279
翌日 午前11時2分
彼からの着信

仕事作業を中断し
何度も掛け直したが
繋がらず

会社を早退し
自宅へ戻った

駐車場に停まっている
彼の車

玄関にある
彼の靴

彼の名を呼び
向かったリビング

そして僕は
失禁した彼の遺体を
見つけた

半開きの眼に
半開きの口

腕を胸元に折り曲げ
寝転ぶ彼の姿

僕は恐ろしく冷静沈着に
救急車を要請していた

駆け付けた救急隊員が
彼の遺体を確認し
警察へ通報すると
何もせずに帰り

警察が訪れ
僕は第一発見者として
事情聴取を受けた

検察医が到着する間に
親戚へ連絡を入れたが
親戚が駆け付ける事は無く

彼の遺体はリビング内で
検察医により病死と確定された

数時間後
葬儀屋が訪問すると
彼の遺体を搬送してゆく

沢山の人が
土足で歩き回った靴跡だけが残り

彼の失禁跡だけを
葬儀屋が消し去っていた

誰も いない部屋の中
目を閉じても
彼の遺体が脳裏に映る

何も出来ず
一夜を過ごし
翌日 会社を休んだ
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月28日(土) 04:52 GAY♂
投稿ID:280
斎場で行われる
キリスト教の葬儀

通夜も告別式も無く
牧師が壇上で 何かを語り
讃美歌を歌い出す

異質な葬儀は
彼の柩へ白い花を入れ
呆気なく荼毘に伏された

彼の会社関係者が
ズラリと並ぶ中

僕とバンド仲間の居場所は無く
彼の骨も拾えず
彼の遺骨を納める墓すら
教えて貰えなかった

数日後
親戚から10万円の現金書留が郵送され
彼の遺品処分を頼まれた

まるで何事も無かった様に
彼だけが居ない部屋で
いつもの朝を繰り返す

顔を洗い寝癖を直し
歯を磨き作業着に着替え
会社へ出勤する

彼を亡くした事を
会社には伏せ
誰にも言わなかった

ただただ仕事をこなし
残業後 帰宅する毎日

僕は彼の部屋へ入れず
彼の写真も動画も
1年以上
見る事が出来なかった
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月29日(日) 06:00 GAY♂
投稿ID:281
彼を亡くし
1年が過ぎ
偶然 自宅付近で
彼を慕っていた
ギタリストと再会した

彼が居ないと
ライブの誘いすら
誰からも
声が掛からない僕は
忘れ去られた存在で

偶然 再会したギタリストも
気まずい笑顔を繕った

熱心に彼のギターを眺め
テクニックを伝授されていた
ギタリストへ

僕は彼のギターを譲った

ギターを弾けない僕が所持するより
彼のギターを活かせるギタリストが
所有すべきだと感じたからだ

そして僕は
彼と暮らした家を
引越す事にした

家賃の事もあるが
彼のギターを譲り気づいた

もう彼が居ない事を

彼の部屋を片付ける為に
封印を解いた部屋

閑散とした彼の部屋は
所有者を失い時が止まったままで

結局 引越しの前々日まで
僕は彼の部屋で過ごし

彼の音源が遺る機材と
彼のパソコン以外 全てを
引き取り業者へ依頼した

新たに始まる生活も
彼と共同していた
家電や家具に囲まれ

食器や箸も そのままに
彼と暮らした7年間が
持続している

今 現在も
  • 0
純生 45歳 Android 2018年07月30日(月) 01:20 編集済み GAY♂
投稿ID:282
彼が亡くなり
三年以上が経つ

今でも時々
彼の匂いを嗅ぐ事がある

作業中 彼の気配を感じる事も

だが僕は 一度も
振り向く事が出来ない

彼の姿が そこに居ない事を
確信したくないからだ

彼の死を認めていない訳では無いが
僕は まだ彼の為に死を悼み
泣いた事が無い

遺された者の想いが強いと
後ろ髪を引かれ成仏出来なくなると
何かの番組で見た記憶があるが

彼なら きっと
迷いなく成仏していると思う

彼の為に追悼し
冥福を祈り
安らかな眠りを願えたなら

僕は彼の為に
泣けるのだろうか

僕は残念ながら
清らかな人間では無く
闇魔に潜む蛇を飼い慣らす

何故 あの時
彼を退院させたのか

何故 無責任に
彼から水分を奪ったのか

何故 彼は余命より早く
たった二ヶ月で命を落としたのか

納得する事が出来ない

余命宣告を受け
傷つき哀しむ彼が
精一杯 最後まで生きようと
最後まで生き抜こうと決めた決意を

何故 死に急ぐなと否定し
延命治療をしろなどと
身勝手な親切心を振り翳すのだろう

僕は蛇を纏い
怨みの毒が消えぬ限り
彼の為に泣く事すら
許されていない気がする
  • 0
純生 45歳 Android 2018年08月01日(水) 05:02 GAY♂
投稿ID:283
正直に本音を言えば
僕は泣きたいだけなのだろう

だが泣ける場所が無く
泣く機会を見逃している

その事に気づいたのは
自律神経失調症の悪化が
発端だった

職場の激務が続き
帰宅するたび
疲労困憊する躰に
容赦無く手足の痺れが襲う

圧迫する胸の痛みが
腕の付け根まで押し寄せ
過呼吸が始まり

必死に口元を手で塞ぎ
蹲り耐え忍ぶ日々

もう助けてくれる
彼が居ない部屋の中

遣りきれない寂しさから
救いを求め疑惑が膨らむ

「もし僕が女性として
生きていたならば」

否定と肯定を繰り返す脳裏
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